極低出生体重児ママの親バカ育児日記♡

2018.07.07  30週で1,389gの男の子出産♡育児の日々と妊活から出産までの日々の記録です*

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【早産体験談】入院中(産後2日目~5日目)~退院日の事。搾乳の大切さ、可愛いの重さ、家族のありがたさ。

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※NICUの息子の写真載せています、不快に思われる方お戻りください

 

 

こんばんは、現在1歳6ヶ月(修正月齢1歳4ヶ月)の息子を育てる新米ママ・さくらママです(^^)

私は2018年7月7日に1,389g…極低出生体重児の息子を帝王切開で出産しました。

妊娠30週での早産でした。

 今回は入院中(産後2日目~産後5日目)~退院日の事について綴ります。

*早産の原因・在胎週数も違えば、子どもの成長・発達のスピードも違うと思いますので、あくまで私の体験談として綴らせて頂きます。このような内容を不快に思われる方はお控えください。

▼産後一日目の記事です

www.sakuramama-m.com

 

 

帝王切開の傷は母親の努力の勲章

産後2日目からは夫と一緒に歩いてNICUまで行きましたが、背筋を伸ばして歩けず、貧血もあったのでくらくらして息切れもしていました。動くたびに硬膜外麻酔の痛み止めのボタンを押していたので、4日は持つと言われていた痛み止めが2日目には無くなりました。

硬膜外麻酔が切れたら座薬が使えると言われていましたが、結局使わず経過できました。貧血はしんどかったですが、傷の痛みは産後4日目位にはそこまで感じていなかったと思います。(痛みの記憶が本当に曖昧です…)

ちなみになんですが、私は緊急だったのもあり手術は縦切りだったので

(※予定帝王切開だと縦切り・横切り選べる病院が多く、美容面で横切りが人気。縦切りの方が手術に柔軟に対応できる、手術時間が短く痛みも少ないと言われています)

傷はしっかり見える感じで、まぁもうビキニ着る事もないだろうし、誰に見せるわけでもないですが、それでも術後の傷の確認の際には「結構しっかり残りそうだなぁ、ちょっと気になるなぁ」と思っていると、

夫が「帝王切開の傷は母親の努力の勲章、産んでくれてありがとう」と言ってくれました。産後の日記に痛みの事は書いてないけど、この言葉は書いていました。

搾乳を始める

産後1日目は看護師さんが検温の際、マッサージも兼ねて絞ってくれていました(記憶曖昧です…)が、産後2日目からは3時間毎に自分で搾乳し、瓶にとるようになりました。母乳が出るという自分の身体の変化に感動していました。

産後2日目は20ml/回、産後3日目は30ml/回位しか出ていなかったので、シリンジでなんとかすくいながらとる。という感じでした。

産後4日目からは電動搾乳機を使い、60ml/回位出るようになっていました。

「NICUにいる赤ちゃんにとって、母乳はどんな治療より効果のある魔法の薬」

この言葉、今思うとプレッシャー凄いですが、、この時は息子に母乳をたくさん届ける為に、頑張らないとという気持ちと、母親としてできる事を与えられた気がして嬉しい気持ちもありました。

初乳(=黄金の液体)の大切さ

初乳(赤ちゃんが生まれてから3日~5日目位までの母乳)は、高濃度でタンパク質の含有量が高く、栄養が豊富で、赤ちゃんを病気から守る免疫物質が多く含まれています。

※早産児や低出生体重児で出産したママの母乳は、分娩後しばらくの間は正期産で出産した時よりも、タンパク質・ミネラル等が多く含まれ、カロリーも高くなっているそうです。

母乳分泌を増やす方法

一番はもちろん、直接赤ちゃんに吸ってもらう事なのですが、NICU入院中は無理なので、助産師さんから以下のアドバイスをもらいました。

●栄養バランスのとれた食事摂取

●シャワーや温めたタオルでおっぱいを温めて、搾乳する。

→入院中もシャワー後に搾乳できるように時間を調整していました

★赤ちゃんの写真を見ながら搾乳する。

→幸せホルモンと呼ばれているオキシトシンが母乳を噴出させるホルモンで、赤ちゃんに乳首を吸ってもらう事で、ホルモンの分泌が促され、母乳も出やすくなります。

 赤ちゃんの写真を見たり、赤ちゃんの事を想いながら搾乳すると量が増えると言われました。正直最初は写真を見ると余計辛かったのですが、退院後や少し気持ちが落ち着いてからは、息子の写真を見ながら搾乳していました。効果はあった気がします!

★赤ちゃんのベッドサイドで搾乳する。

→退院してからは面会の時に搾乳していました。上と同じ原理で、確かに量は増えました!…が、カーテンで仕切られているとはいえ、少しソワソワしていました(^^;)

★電動搾乳機で搾乳する。(できたら左右同時に)

→電動搾乳機の方が手絞りより疲労が少なく、時間短縮もでき、ホルモンが直接授乳と同じ位上昇すると言われているそうです。左右同時の方が量も増えました!病院でもメデラの電動搾乳機だったので、退院後もメデラの電動搾乳機を使用しました。

★水分をたくさんとる(2L/日を目安にとる)

→産後とにかく喉が渇いていて、意識せずに2Lは飲んでいたと思います

★3~4時間毎に搾乳する

★産後10日目以降は夜間の睡眠をとる

→10日目までは3時間毎の授乳をする事で、残乳がなくなり母乳分泌が続くそうです。10日目を過ぎたらおっぱいが張って目が覚めなければ無理に起きる必要はないと言われました。赤ちゃんが入院中精神的な負担が大きいので(母乳はストレスに一番影響される)、睡眠を優先してくださいと。「日中お母さんが元気に面会にこれるのが一番」と言われました。私は胸も張っていたので、夜間も搾乳していました。子どもが家にいないからこそ、結局寝れないんですよね(^^;)

 

※私は特に困る事なく母乳が出たのでありがたかったですが、母乳出る出ないは本当に体質と運だと思います。

 

NICUの息子の様子

私が出産した病院は申し送りの時間帯(0-1時、7-8時、16-17時)以外は面会自由でした。入院中は基本NICUに行き、張り付くように息子を見ていました。

ビリルビン基準値以上で光線療法

ビリルビンは、肝臓や腸など身体を回ってウンチとして排泄されるものですが、赤ちゃんは肝臓が未熟の為、ビリルビンの排泄が上手く出来ず、黄疸になりやすい状態になります。ビリルビンは脳の一部に沈着すると神経損傷を起こす事があるので、黄疸が強い場合はビリルビンを分解する光線療法の適応になります。

息子は生後2日~4日目まで治療しました。

光線療法は、正期産で産まれた赤ちゃんでも適応になる子も多い事を知識としても知っていたし、友人の赤ちゃんも受けていたし、早産したから、というわけではないのに、

息子がアイマスクとオムツだけで青い光に当てられている姿に、胸が締め付けられました。

必要な治療だと分かっているのに、これ以上息子にひどいことしないでよ と涙がでました。

 

1人でNICUに行って、息子の可愛さをかみしめる

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生後2日目/基本のスタイル

 入院中はとにかく精神状態が不安定で(産後は皆さんそうだと思いますが)、

「息子の為に笑顔で過ごそう」「だめだ辛い、どうしよう」を繰り返していました。

笑ったかと思えば急に泣き出す妻を心配してくれていたのか、夫は産後2日目以外は泊まってくれていました。(付き添いベッドでしっかり寝ていました笑)夫が唯一帰った産後2日目、夜すごく不安になり、気づいたらNICUにいました。

目の前にいるのに抱っこもしてあげられない状況が本当に辛くて、悔しくて。何でこの子は機械に囲まれているんだろう。私の酸素と栄養を全部あげるから、この子のルートを全部外してください。と思っていました。

息子はずっと寝ていて、看護師さんは横で一緒に息子を見ながら「可愛いですね」と言ってくれました。

この時、自分の子どもを家族以外の人に可愛いと言ってもらえる事が、こんなに心を満たしてくれる事を初めて知りました。

可愛い。頑張れ。私も頑張らないと。 と思いながら息子を見て病室に戻りました。

清拭中の様子、おじいちゃん顔の息子に癒される

産後3日目、まだ私ができる事はありませんが、看護師さんがケアをしている姿を見せてもらっていると、息子の初めて見る動きや表情も出てきました。

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生後3日目

 清拭の際には、一瞬ですが酸素マスクを外すので、そのタイミングで写真を撮らせてもらいました。

まだ身体中産毛で覆われていて、髪の毛と眉毛もふさふさでした。

夫にすぐ「誰似…?笑」と写真を送り、「おじいちゃんやん!!可愛すぎる!!」と爆笑できるくらいに、私のメンタルは回復していました。

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生後4日目/清拭中

 小さいけど、しっかり顔のパーツもつくられているんだなぁ、皆に大事にしてもらいながら息子はここで育っているんだなぁと思いました。

 

産後5日目、退院

退院は本当は2日後だったのですが、ベッドの関係で婦人科病棟に移ってもらえないかという提案があり、、夜中一人で傷口を抑えながら産科にきて、赤ちゃんを抱っこしているお母さん達と同じ空間で搾乳する事を想像すると耐えられなくて、退院を選びました。退院時のアンケートは正期産で生まれたお母さんと同じもので、その内容も経験できないから分からなくて涙がでました。入院中、会いに来てくれると言った友達もいましたが、何をどんな顔で話して良いのか、笑っていいのかも分からず、断りました。お祝い膳も部屋で泣きながら一人で食べました。

…色んな事を思い出したり、赤ちゃんと過ごしながら退院指導を受けるはずだったのにと思うと、辛くて泣きながら退院の準備をしました。

主治医の診察を受け、貧血は続いているので(Hb7.9(女性の平均値11.4~14.6))鉄剤処方と、傷口に貼るテープの貼り方の説明がありました。

家族に救われる

急でしたが、母が迎えに来てくれ、息子に会いに行き「ごめんね先に帰るね、でも毎日会いにくるからね」と伝え帰りました。

帰りにすぐ必要になる電動搾乳機と母乳パックを買いに赤ちゃん本舗に寄ったのですが、、お店を出る頃には暑さと貧血でフラフラしていました。

体調戻るまでは実家に帰っておいでと言ってくれていましたが、里帰りは息子と一緒と決めていたのと、搾乳しかしない生活は耐えられない気がして、アパートに帰って夫と生活することにしました。

アパートに戻り搾乳していると、母が「母になったんやね(^^)」と言ってくれました。

 

夜夫が帰ってきて笑顔で「ただいま、おかえり(^^)」と言ってくれました。

ご飯を食べて一緒にNICUに行き、早く3人で過ごしたいね。とずっと話していました。

 

久しぶりに自分のベッドで寝れて安心したのと、自分だけ安心する環境にいれる事が息子に申し訳なく感じていました。