極低出生体重児ママの親バカ育児日記♡

2018.07.07  30週で1,389gの男の子出産♡育児の日々と妊活から出産までの日々の記録です*

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【早産体験談】産後1日目。帝王切開術後めちゃくちゃ痛い。初めてのNICUめちゃくちゃ辛い。

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 ※NICUの息子の写真載せています、不快に思われる方お戻りください

 

 

こんばんは、現在1歳6ヶ月(修正月齢1歳4ヶ月)の息子を育てる新米ママ・さくらママです(^^)

私は2018年7月7日に1,389g…極低出生体重児の息子を帝王切開で出産しました。

妊娠30週での早産でした。

出産から一年半が過ぎ、ありがたい事に息子と穏やかで幸せな毎日を過ごせ、気持ちも落ち着いてきたので、早産の体験を綴ろうと思います。

 今回は帝王切開翌日の事について綴ります。

*早産の原因・在胎週数も違えば、子どもの成長・発達のスピードも違うと思いますので、あくまで私の体験談として綴らせて頂きます。このような内容を不快に思われる方はお控えください。

▼帝王切開当日の記事です

www.sakuramama-m.com

 

 

帝王切開翌日

看護師さんの2時間毎の術後観察の合間にウトウトしながらあっという間に朝を迎えました

産後の自分の体調も全く覚えていなくて、

ずっと息子の事を考えていました

泣いてないかな、寂しくなくないかな、会いたいなぁ、抱っこしたいなぁ

お腹に手を当てるとぺちゃんこになっていて、あんなに触っていたお腹の感覚を思い出せないのが不思議で、悔しかったです

 

一つ覚えているのは、泊まってくれた夫が狭い付き添いベッドでしっかり寝ていたこと。笑

息子に何かあったら呼ばれるかも…と思う一方で、夫がこんなに寝てるから大丈夫と思えました。この人の寝顔が見れて良かったと思いました(嫌味とかでなく本心です!)

 初乳が出て驚く

朝食前の検温で、しっかりお腹を抑え子宮の戻りの確認と、悪露の確認・パッド交換をしてもらいました。

最後に、かちこちに張った胸をマッサージされ、母乳が出ました。「乳管も開通してるね!」と言われました。

早産で帝王切開でも母乳出るんだな…(不適切な表現ごめんなさい)と驚いたのと、「赤ちゃんにおっぱいをあげる」という産後当たり前の事が頭に全くなかった自分に、そんな状況に、改めて驚きました。

(※胎盤が出る事で母乳が出る仕組みなので、帝王切開でも早産でも産後母乳は出ます!!

赤ちゃんとすぐにスキンシップとらないとうんたら…という話もよく聞きますが、個人的には、母乳が出る出ないも体質と運だと思っています)

 

術後の貧血、本当にしんどい

「朝ご飯食べる前に座位をとってみましょう」

と言われ、そこからは

「息子に会いたい!!その為にはなんとしても朝ご飯を食べなくては。その後動いて、ルート類外してもらって、身軽になって息子に会いに行こう!!!」

と心は戦闘モードでした。

 

ところが、朝ご飯が来て、「座ってみましょう」と看護師さんがベッドのリクライニングをゆっくりあげてくれて、座位をとるころには、血の気が引いてくらくらして、顔面蒼白になり、すぐに横に戻されました。

(後で採血結果を聞くと貧血の値を示すヘモグロビン(Hb)値が6.7でした。(女性の平均値11.4~14.6))

 

初めて、気合いじゃどうにもならないこともあると思いました

くらくらするし気持ち悪いし、もうやだ

もうちょっとゆっくりしてもいいかな、あぁ傷も痛いなぁ

 

何でこんな目にあってるんだろう

 

 

…息子は?

息子はもっと辛いはず、一人で寂しいはず、絶対会いに行かないと

 

と思い、結局気合いで起き上がり、気合いでお粥を流し込みました

 

 

その後執刀医が傷の治りの確認をしてくれた後、手術で2L出血があったこと、私の場合は二人目以降も帝王切開が望ましいと言われました。

本当に優しい先生で、丁寧に説明してくれたのに、座位で聞いていた私はとりあえず鉄をくれ。息子に会わせてくれ。と思っていました。

休日で看護師さんが少なかったのもあり、お昼前にやっと鉄剤の注射。

中々歩行練習は来てもらえず。その間にお祝い膳のメニューを聞きに来られ、イライラのピークで「もう、お祝い膳なんかいらんわ!!早く息子のとこ行きたいのに!!!」と夫に言うと「え、でもちゃんとハンバーグ選んどる所が好きよ笑」と言われ、この人で良かったと思いました。

 

15時頃歩行の確認に来てくれ、「貧血もあるので、今日は無理しなくて良いですよ」と言われたのですが…、働いている時、早期離床の大切さを学び、自分も患者さんに術後翌日にできるだけ歩いてもらっていたので、自分も歩かないといけないし、息子に少しでも身軽になって会いに行きたいと思っていました。

(※早期離床:術後早めに動く事で傷の治癒を早める、長い目で見て痛みが早めにとれる というデータがあります)

気合いで立ち、気合いで歩き、尿管も抜いてもらいました。

この時もフラフラする感じは少しありましたが、立った事で血圧が下がる事もなかったです。

傷の痛みは、思い出せません。。でも、硬膜外麻酔の痛み止めのボタンを連打していたみたいなので、痛かったんだと思います。。絶対ないですが、傷口が開くのが怖くて、傷口を抑えて動いていた気はします…

尿の管を抜く痛みはなく、その後の排尿時も特に痛みはなく、尿が出にくい事もなかったです。

初めてのNICU

気合いで歩行まで頑張りましたが、貧血もありNICUまでの歩行の許可はもちろん出ず、夫に車椅子を押してもらい、NICUへ行きました。

NICUとは新生児集中治療室の事で、赤ちゃんにとってのICUです。ナースステーションが真ん中にあり、その周りに保育器が並んでいます。NICUに入ると呼吸管理・心拍管理をしているモニターのアラーム音や点滴の終了の音等が聞こえてきました。

息子が生まれて耳にする音が、一番耳にする音が、自分たちの声ではなく、こんな音なのかと思うと(不適切な表現ごめんなさい)、胸が締め付けられました

息子と面会、現実を受け止められない

初めての息子は、本当に小さかったです

よく友人から送られてくる出産報告で見る写真とはかけ離れていました

 

小さいより何より、痛々しかったです

 

点滴チューブ、心電図、酸素マスク、、小さい体に色んなルートがつながれ見えている肌の方が少ない息子

市販では売っていないオムツでさえ大きくて胸のあたりまで覆われている息子

肌着さえ着せてもらえる状態じゃない息子(保育器の中なので温度調整はされています)

 

保育器の外からしか触れない自分の無力さ。

 

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産後1日目/NICUの息子

 

 

 

私は何を見せられているんだろう

 

 

私達は何の罰ゲームを受けているんだろう

 

 

代わってあげたい

 

 

 

ごめんなさい

 

 

頑張ってくれて本当にありがとう

 

 

 

泣かないと決めていましたが、涙がとまりませんでした。

 

 

保育器の横についている窓から手を差し込んで、息子を触りました

 

細くて壊れそうな息子、でもとてもあたたかかったです

 

看護師さんが優しく話しかけてくれましたが、全く頭に入ってこないまま、

ただただ息子を見ていました

 

優しい顔で息子を見つめ「頑張れ」と声をかけている夫と

モニターにうつっている息子の安定した(酸素マスクをつけ、高濃度酸素で管理されているので当たり前ですが)Spo2(体内の酸素濃度)に安心したのは覚えています

 

 

NICUから帰りながら、私は本当に母親なのか、母親になれるのか(不適切な表現ごめんなさい) と思っていました

 

夜、傷の痛みをしっかり感じ始め、個室内にあるトイレ移動だけでも一苦労で、とにかく硬膜外麻酔の痛み止めのボタンを押していました。

 

でもこの痛みがある事が、少しだけ息子への罪悪感を減らしてくれていました。

 

息子の痛みを全部背負えたらいいのに。

 

トイレ移動も完璧に介助してくれる夫に感謝しながら、

本当に息子と代わってあげたいと思っていました